華やかで、輝かしくて、聴けば誰もが高揚する。そんな曲が3つ並んだプログラムがあります。
ところがこの3曲、どれも「輝き」だけでできてはいません。優雅なワルツは最後に崩れ落ち、いまや定番中の定番となった協奏曲は世に出る前に全否定され、勝ち誇るような結末にはいまも解釈が分かれ続けています。
2026年10月、大阪と京都で開かれる台湾のエバーグリーン交響楽団(Evergreen Symphony Orchestra / ESO)の公演は、《煌めきの奥に》というタイトルを掲げています。なぜこの3曲が並んだのか。それぞれの背景をたどると、このタイトルの意味が見えてきます。
崩れ落ちるワルツ|ラヴェル《ラ・ヴァルス》
霧の中から、かすかにワルツのリズムが聞こえてきます。輪郭がしだいにはっきりし、やがて華麗な舞踏会が眼前に広がる。ここまでは、誰もが思い描く「ウィーンのワルツ」です。
ところが後半、音楽は様子を変えていきます。リズムは前のめりになり、和音は濁り、旋律は引き裂かれ、最後は舞踏会そのものが崩壊するかのような激烈な結末を迎えます。ラヴェルが1920年に完成させた《ラ・ヴァルス》は、そういう作品です。
この曲はしばしば「第一次世界大戦で失われた古きヨーロッパの象徴」と語られてきました。ただし、ラヴェル自身はその解釈を認めていません。彼が語ったのは、ウィンナ・ワルツへの敬意と、渦巻くような幻想的な情景でした。作曲者の言葉と、聴き手が受け取ってきた印象。そのあいだにある距離が、この曲を100年にわたって特別なものにしています。
なお《ラ・ヴァルス》はオーケストラだけで演奏されます(ラヴェル自身によるピアノ版もありますが、今回は管弦楽版)。ピアニストのエリック・ルーが舞台に登場するのは、2曲目からです。
弾けたものではない、と言われた協奏曲|チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調 作品23
冒頭のホルンに導かれて、ピアノが打ち鳴らす壮大な和音。クラシックにあまり親しみがない方でも、この出だしはどこかで耳にしたことがあるはずです。
しかしこの曲、誕生の瞬間は散々でした。1874年の暮れ、チャイコフスキーは完成したばかりの譜面を、モスクワ音楽院の院長で当代きってのピアニストだったニコライ・ルビンシテインに見せます。返ってきたのは酷評でした。陳腐で、不器用で、そもそも演奏に適していない——チャイコフスキーが3年後に書いた手紙には、そのときの衝撃が生々しく綴られています。
彼は一音も直さないと宣言します(実際にはのちに改訂を加えており、今日耳にするのは初演時の姿そのものではありません)。献呈先は指揮者・ピアニストのハンス・フォン・ビューローに変更され、初演は1875年、作曲者不在のまま、ヨーロッパではなくアメリカのボストンで行われました。結果は熱狂的な成功。やがてルビンシテイン自身も評価を改め、この曲を自ら演奏するようになります。
ちなみに、酷評の場面を伝えているのはチャイコフスキー本人の手紙だけで、どこまで正確な再現かは分かりません。それでも、いま世界中のホールで鳴り響いている音楽が、最初の聴き手には理解されなかったという事実は動きません。
その歓喜は、本物なのか|ショスタコーヴィチ 交響曲第5番 ニ短調 作品47
1936年1月、ショスタコーヴィチは絶頂から突き落とされます。上演中だったオペラ《ムツェンスク郡のマクベス夫人》が、共産党機関紙『プラウダ』の論説で痛烈に批判されたのです。成功を収めていた作曲家は、一夜にして危険人物となりました。当時のソ連で、この種の批判が何を意味したかは想像に難くありません。その年の暮れには、完成していた交響曲第4番を初演直前に自ら取り下げています(この曲が初演されるのは25年後のことでした)。
そして翌1937年に発表されたのが、交響曲第5番でした。11月21日、エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルハーモニー交響楽団による初演は、熱狂的な成功を収めます。終楽章は、金管と打楽器が高らかに鳴り響く輝かしい結末。表面的には、批判に応え、体制と和解した音楽に聞こえます。
ところが、この終結部をめぐる議論は現在も続いています。同じ音を「勝利の凱歌」と聴く人もいれば、「強制された歓喜」と聴く人もいる。執拗に繰り返される音型や、演奏によっては倍近く遅くなる終結部のテンポを、苦痛の表現と捉える解釈です。この読み方はソロモン・ヴォルコフ編『ショスタコーヴィチの証言』(1979年)をきっかけに広まりましたが、この本については編纂の過程をめぐって早くから疑義が出され、いまも評価は定まっていません。
つまり、どちらが正解かは誰にも断定できないのです。だからこそ、この曲は演奏のたびに違う顔を見せます。指揮者がどうテンポを設定し、金管をどう鳴らすか。その選択ひとつで、終楽章は祝祭にも悲劇にも変わります。
3曲が並ぶということ
崩れ落ちるワルツ。否定から始まった協奏曲。意味が確定しない勝利。輝かしい響きの奥に、それぞれ別の何かを抱えている。この3曲を1つの夜に並べたのが、今回のプログラムです。《煌めきの奥に》というタイトルは、その構造をそのまま言い表したものといえます。
なお、最後に置かれる1曲は当初ドヴォルザークの交響曲第9番《新世界より》でした。7月の日本公演で聴衆の反応を見た指揮者の判断で、ショスタコーヴィチの交響曲第5番に差し替えられています。
その指揮をとるのがヤープ・ヴァン・ズヴェーデン。ソウル・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督を務め、この秋にはフランス放送フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督に就任しました。前ニューヨーク・フィルハーモニック音楽監督、前香港フィルハーモニー管弦楽団音楽監督という経歴をもち、ESOではアーティスト・イン・レジデンスを務めています。
ピアノのエリック・ルーは、2025年の第19回ショパン国際ピアノコンクールで優勝したピアニストです。2018年のリーズ国際ピアノコンクール優勝者でもあります。関西で彼が協奏曲を弾く機会は、この10月の2公演だけとなります。
演奏するエバーグリーン交響楽団は、台湾で唯一、民間財団が運営するプロフェッショナル・オーケストラです。楽団の成り立ちについては台湾のクラシック音楽シーンが熱い:エバーグリーン交響楽団と世界で活躍する名手たちでも紹介しています。
公演情報
| 公演名 | エバーグリーン交響楽団 《煌めきの奥に》 BEHIND THE BRILLIANCE |
| 大阪公演 | 2026年10月28日(水)19:00開演(18:00開場)/ザ・シンフォニーホール |
| 京都公演 | 2026年10月30日(金)19:00開演(18:00開場)/京都コンサートホール 大ホール |
| 指揮 | ヤープ・ヴァン・ズヴェーデン Jaap van Zweden |
| ピアノ | エリック・ルー Eric Lu |
| 管弦楽 | エバーグリーン交響楽団(Evergreen Symphony Orchestra / ESO) |
| 料金(税込) | S席10,000円/A席5,000円(全席指定) |
| 入場 | 小学生以上入場可 |
| 主催 | 株式会社テンポプリモ & IDAGIO.i株式会社 |
プログラム
- ラヴェル《ラ・ヴァルス》
- チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調 作品23(ピアノ:エリック・ルー)
- 休憩
- ショスタコーヴィチ 交響曲第5番 ニ短調 作品47
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※当ページはCHANGE-MAKERS編集部による公演紹介ページです(楽団・主催者の公式ページではありません)。公演情報は2026年9月時点のものです。最新情報は主催者・プレイガイドの案内をご確認ください。