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IT業界ほど、栄枯盛衰の激しい業界はありません。一般なら「10年ひと昔」でしょうが、IT業界は「1年ひと昔」。OS、インターネット、スマートフォンなど、歴史的なツールが登場した途端に、それまでの常識がひっくり返り、退場してしまう企業も後を絶ちません。それを考えると、ニフティのようにIT業界で30年以上の歴史を持っている企業は奇跡的といえます。そして今回取り上げるのは、「一太郎」や「ATOK」などを開発・販売している日本語入力ソフトの老舗、ジャストシステム。何度か苦境に陥りましたが、今なお存続している奇跡的な企業のひとつです。

画期的だった日本語入力ソフト「一太郎」

ジャストシステムは今では資本金100億円、社員300人以上、東証一部上場の大企業ですが、1979年の創業時点では社員はたった2人だけでした。浮川和宣・初子夫妻が、徳島市で創業した小さな会社が始まりです。今で言えば「地方発ベンチャー企業」ですが、当時はまだそのような言葉もありませんでした。このとき2人はコンピューターに日本語を入力するためのソフト開発に情熱を燃やしていました。

今の人には信じられないと思いますが、70年代のコンピューターには日本語を入力することができなかったのです。コンピューターは海外で誕生したため、基本的なシステムはすべて英語で成り立っており、日本語のかなや漢字といった文字は構想外でした。ですから、パソコンはあくまでソフトウェアの開発用であり、日本語入力のためには「ワードプロセッサ」(ワープロ)と呼ばれる別の機械が必要だったのです。

そんな時代に、ジャストシステムは当時としては珍しい「かな漢字変換システム」の開発に成功。東京の展示会に出品したところ、NECの目にとまり、ワープロソフトの開発を受注。1983年にNECのPC-100で「JS-WORD」が採用されたのを契機に、本格的に自社製品の開発に取り組みます。そして、1985年にワープロソフト「一太郎Ver.1」及び日本語入力システム「ATOK」を発売し、これが大ヒット。他社が持っていたシェアを切り崩し、一太郎は日本を代表するソフトウェアに成長しました。

成功の要因は、DOSと呼ばれる当時のOSに合わせて作ったこと、また、「スペースキーでかな漢字変換→リターン(Enter)キーで変換候補の確定」という今すでに定着している日本語入力の操作スタイルを考案したことが挙げられます。

Windows95の登場で一転、苦境に

一太郎の大ブレイクにより、ジャストシステムの経営は順調そのものでしたが、一つの出来事でそれまでの常識がひっくり返ってしまうのが、IT業界の面白さであり怖さでもあります。同社にとってその出来事とは、1995年、新たなOS「Windows95」が登場したことでした。なんと、MicrosoftはWindows95にWordとExcelも合わせて販売する戦略に出てきたのです。

出始めたばかりの頃のWordは海外メーカーが作っただけあって、日本語入力が得意ではなく、使い勝手も悪いものでした。そのため、ジャストシステムも、その部分に安心していた可能性があります。Windows対応バージョンの開発に出遅れたのも、それが原因ではないでしょうか。結果的にWordは素早くバージョンアップして機能を高め、一太郎のシェアをどんどん奪ってしまったのです。

その後、一太郎の存在感は急速に薄くなり、ついにジャストシステムは経営不振に陥ります。そして2009年、キーエンスの傘下に入り、創業者の浮川和宣氏は会長に、初子氏は副会長に退くことになったのです(後に退職)。

その後のジャストシステムと浮川夫妻

地方発ベンチャー、国産ソフトウェアの星として健闘していたジャストシステムと浮川夫妻も、時代の変化には勝てなかったのでしょうか。一見するとそのように感じてしまいますが、ジャストシステムは今もしっかり生き残っています。

実はジャストシステムは、2012年以降4期連続で最高益を更新するなど、業績が急回復しているのです。これは教育関係に強みをもっているのが要因と言われています。官公庁、学校関係に勤めている人、または彼らと仕事をしたことがある人ならわかると思いますが、相当多くの職場で「一太郎」、「ATOK」が使われています。官公庁の性質上、かつて導入したソフトウェアを切り替えることが難しいからなのか、国産ソフトウェアを応援するためなのかはわかりませんが、彼らの世界ではむしろ一太郎はメジャーです。ジャストシステムはその販路とノウハウを生かし、通信教育サービスに力を入れて多種多様なソフトウェアを販売し、好調を維持しております。

また、ジャストシステムを離れた浮川夫妻は2009年、新たに「株式会社MetaMoJi」(東京都港区)を設立しました。今なお挑戦し続けるその貪欲な姿勢には驚かされます。
<参考・参照元>
MetaMoJi |メタモジ

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